蝦夷リス

近道への遠回り・数十年前作家になることを考え、特殊な語れる体験がなければと思い日本を後にしました。文壇のなかでのコネなどなかったからです。二十代までは必ずこの癒着がものをいうと信じてきてました。

漫画を描く少年20 ロッカーたち

ロッカーたち


高二の二月のことだった。頭の後ろ側に、何かを感じたので右の手を項に伸ばして自分の髪の毛を払った。蝿かなんかが飛んでいるのかと思ったからだった。
 すると、へへっと含み笑いを漏らす声が聞こえた。後ろの座席に並んで座る肩まで髪の毛を伸ばしている少年たちが、目を細めて笑っているのであった。
 「意外と敏感じゃないか」
 そういうコメントまでつけて笑っている。が、振り返ってその愚かな悪戯をしょうがないなという気持ちで相手を一瞥すると、右手には今使ったばかりという感じでシャープペンシルを三本の指の中で弄んでいる。おそらくそれで茂樹の髪に触れてみたのに違いなかった。
 彼には、ウエーブのついた髪を額の真ん中から長く野放図に肩まで伸ばしていて、不潔な感じがあった。こういうタイプの若者には覚醒剤を射ちコンサート場の椅子を破壊し、ギターを舞台に叩きつけるイメージしか茂樹はもっていなかった。
 いわゆるロッカーであった。その顔をみると、意外とその目は笑っていなかった。なにかを試すためにやってみたというような覚めた目つきであった。これまでこういう生徒と自分との接点はひとつもなかった。それがなぜこういう悪戯を彼にしてくるのか疑問であった。
 その宮田という少年の成績は明らかに下位であるし、この高校に入れたのが不思議なほど校風に相応しくないタイプの生徒であった。それは外観でも一目瞭然であった。むしろ不良学生というカテゴリーに入る生徒であった。
 おまけに、太ってもいないのに皮下から膨れ上がったような脂肪で顔はでこぼこで、額や頬骨が隆起しているかと思うと、頬には立て皺も深くはいっていて、小粒な目のしたにはでかい鼻がぶら下がり、おまけに鼻の穴が非常に大きかった。ずっとみていたいというタイプの顔では決してなかった。
 彼はその後も茂樹に後ろからいろいろと悪戯を加えてきて、振り返ると鼻めどを広げて笑っているようなことがあった。ただ、それが苛めみたいなものではなく、それ以上は別にエスカレートしてくるものでもなかった。ほんのちょっかいであり、本気で怒るべきような悪戯ではなかった。それはしかし親しいものにしてくるようなものでもなく、妙なことをする奴だと思ってできるだけ茂樹は相手にしないでいた。そのうちに彼も髪の毛を触れてくるとか、シャツの肩に消しゴムの屑をそっと載せるとかしなくなった。
 それが玲子との関係でちょっかいを出してくるのだとわかったのは大分後のことであった。


 こうして高二学年はやはり女の子がクラスにいないこともあり、幾分平穏に過ぎていった。修学旅行で奈良と京都の見学したことが茂樹にとっては一時的にせよ新鮮であった。京都の御殿近くを列になって歩いている時に、古典の仁平先生と玲子を含めて数人の女子が花やかな笑顔を見せながら遠くに見えたぐらいで、不思議なぐらい玲子の姿を目にするようなこともなかった学年であった。