蝦夷リス

近道への遠回り・数十年前作家になることを考え、特殊な語れる体験がなければと思い日本を後にしました。文壇のなかでのコネなどなかったからです。二十代までは必ずこの癒着がものをいうと信じてきてました。

漫画を描く少年19 好川の訊問

 好川の訊問


 四妻村の好川とは、去年の夏休みの特別授業のために一緒に自転車で海棠市まで通学した期間があった。それでちょっと近づいた関係であった。彼の顔は顎が張っていて鼻も三角形に尖がっていて、見ように寄れば彫が深いという褒め言葉が該当するような顔であった。
通学の途上で好川が妙な言いがかりを茂樹にかけてきたことがあった。
 「おまえ、梨衣子になんか変なこと言ったか」
 いきなり妙なことを言われて茂樹は驚くばかりであった。
 「変なこと? 俺は何も言ってない。……なんで俺が梨衣子さんに変なことをいわなければならないんだ。だいたいひと言も口を利いたことがないよ」
 「そうか、いや、やっぱり彼女の思い違いかな」
 「変なことって一体なにを俺が言ったって、彼女は言ってるんだ?」
 そう茂樹が不審に思って聞き返すと
 「いや、俺が、彼女とBまで言ったとか、おまえに話したことあったろう」
 「Bまで?」
 好川はにやけた顎を手の甲で擦りながら続けた。
 「ああ、Bまでだよ。おまえ忘れたのか? ペッティングだよ。俺が彼女とペッティングをしたと前に話しただろう」
 「うん、確かにそんなことを言っていたかな……」
 「じゃ、言ってないのか」
 「馬鹿なことをいうな。俺がなんでおまえと莉奈子さんのペッティングのことを本人に言うんだ?」
 「……わかんねぇ。……じゃ、彼女の勘違いかな」
 「当たり前だよ。なんだかわからないけど俺は何も言ってないよ」
 本当になんだって自分がこんな変なことで言いがかりをされなければならないのかと腹が立ってきそうだった。
 「じゃ、変な目で見たりしたことはないだろうな」
 「変な目?」
 ここで茂樹にひとつ思い出すことがあった。それは朝の登校時、自転車を置いて校舎に入る前に上着をつけようとした時だ、ちょうど、駅の方から流れてくる早い登校の疎らな列のなかに、一人でぽつんとこちらに向かって歩いてくる梨衣子を見たのであった。彼女も茂樹を認めてみていたが、たぶん、好川の友達が自転車置き場にいるのを見ているぐらいの気持ちでみているのだと思って、茂樹もそのまま見続けていたが、急に彼女の顔が真っ赤に火照り出し顔を隠すようにして早足で歩き出したことがあった。まだ二日ぐらい前のことであった。
 「変な目はしてないが、なんか一度目があったときに茹蛸のように真っ赤になっていたな……」
 「そうだ、それだよ。じゃ、目があっただけだったんだ。あとは勝手に彼女がなにか勘違いしているだけなんだ」
 好川はそれで納得したようであり、話はそこで打ち切られた。


 ところが同じ様なことがもう一度言われた。やはり同じ質問を不意に好川がしてきた。
 「瀬山におまえ変なことを言ってないだろうな」
 「こんどは瀬山か」
 と茂樹も呆れた声をだした。しかし、それもある偶然のタイミングで視線がぶつかったときに、彼女が急に内に籠もった熱い照明のように真っ赤になり、視線を茂樹からそらして走るようにして消え去ったことがあった。
 茂樹は女性にぴったり見詰められると自分からは目がそらせないところがあって、完全に蛇に睨まれた蛙のようになってしまうので、それには責任が持てないと思った。だいたいなぜ真っ赤になるんだと疑問に思うだけであった。もちろん、すぐに、ああ、そうだペッティングの件があったな、とその原因を思い出したが。
 「おまえ、もしかしたらいやらしい目つきで見たんじゃないのか」
 好川はまたもやそんな変な言いがかりを茂樹につけたものだった。
 「見てねえよ。だいたいおまえの彼女たちに興味ねえよ。変な言いがかりをつけると今度はこっちが怒るぜ」
 好い加減に二回も同じ下らない濡れ衣を着せられて、大迷惑だと茂樹も感じて脅かした。
 好川はそれを聞いて安心したのか気持ちよさそうに鼻で笑うばかりであった。