蝦夷リス

近道への遠回り・数十年前作家になることを考え、特殊な語れる体験がなければと思い日本を後にしました。文壇のなかでのコネなどなかったからです。二十代までは必ずこの癒着がものをいうと信じてきてました。

漫画を描く少年 3 女生徒のいるクラス

 女生徒のいるクラス


 この学年にはクラスが合計七つあった。最初の三クラスのABCには女子がそれぞれ十五人ぐらいづつ配分されていたが、ほかのDからGまでの四教室は完全に男子だけのクラスであった。そしてよりによって茂樹は女子クラスと一緒のA組に入れられてしまっていた。
 新しく良い香りのする教科書を手にしても、やる気はまったく起こらない。最初から自分が場違いの場所にいることは明白であった。
 自分のいるべき場所は漫画の描ける個室であった。インクの乾いていないケント紙を、張りめぐらした紐に洗濯ばさみで留めたその領域で、雑誌から切り抜いた写真を資料とし、これまで溜め込んできた案を絵コンテに視覚化し、それからインクを使って漫画にする真剣勝負のできる場所。そして自分に本当に必要なものは時間だと思った。自分の作品が醸成される時間さえあれば傑作を描き出してデビューできるのだとも思った。知識に関しては、すぐに作品に必要だと思ったものだけを、自分が選んで逐一熟読すればいい。そのほうが頭にも入るしとても効率的であるはずだった。よけいだと思える教材を、ましてや進学のための教科書などを勉強している暇な時間は自分にはないし、そのために自分の華やかな漫画界への登場が遅れると思い苦しむのだった。自分が生き甲斐としてやりたいことがあるのにそれに打ち込めないし、それどころかこの一番重要な思春期という才能の成長する時期に、世間体を考えて意味もなく通学しなければならないというこの矛盾状態のなかでこれから過ごしていかなければならないということは、随分自分が不幸な境涯にいるように思えた。世にすでに出て活躍中の重要な漫画家は、この時期にはすでに素晴らしい頭角をあらわしていたはずだった。
 そして茂樹にとってのもう一つの重大なプレッシャーは、もしこの高校生の時代にプロ入りとまでいかなくても漫画の世界に入れなければ、高校卒業と同時にもっとも憎悪する会社という社会入りを、自分がしなければならないという恐怖であった。そこでは、漫画が描けるという世界から、自分の軌道がより大きくはずれていくのはもう目に見えていることであった。勝負、そして茂樹の運命は高校を卒業する直前までに決定すると思えた。


 ただ、茂樹にも年相応の社会的なプライドと羞恥が残滓していた。漫画という彼が目指す世界のためには、余分な感情は頭の中で濾過し除去してきたはずであった。が、自分が生きなければならない学校という現実を無視することはやはりできなかった。
 なんとかやり過ごせばいいのだと思っていた高校生活であったが、よりによって女子生徒とミックスのクラスに入れられてしまうと、女の子の手前、学業をサボって劣等生に甘んじるわけにはいかないのであった。そのために茂樹も普通の生徒と同じように授業中は耳を傾けなければならないことになった。幸いなことに受験の時に右側斜め前方に座っていて可愛らしい頬を見せていたその女の子は他のクラスにいるようだった。すくなくともAクラスには魅力的な女の子がいないのでまだしも良かったと安心する思いだった。


 また、授業科目の中でひとつだけ彼に強い期待を煽り立てた科目があった。それは美術であった。きちんと美術を学ぶというチャンスがこうしてあるというのは茂樹には僥倖だった。それぐらいの道草だったら自分の漫画にもプラスになるのに間違いはなかったから。