蝦夷リス

近道への遠回り・数十年前作家になることを考え、特殊な語れる体験がなければと思い日本を後にしました。文壇のなかでのコネなどなかったからです。二十代までは必ずこの癒着がものをいうと信じてきてました。

アフターケアー。すべて上手くいったかのように

私が早めに35分間ぐらいで戻ってくると、やはりRが私のことをその場にいらしたHのかたがたに主観的に吹聴していたのであろう、雰囲気が変わっていた。どこか私に気を使っているような気配も感じられた。
わたしは早く食事に行きたくてRに戻ってくださいと言ったわけではなかった。仕事には遅れてくるし、体臭は強く臭く、しかも二人分の席も周りには構わずに使ってもいるし、緑茶がひとつ余計に持ってこられたかと思えると、禄にまわりに確認もせずに
 「じゃ、僕が飲みます」
 と言って口をつけてしまう。そして土曜日の危機とわたしが感じた日の午後はスマホに向かって離れた場所に座っていて、Aさんも言うように、彼は殆ど仕事らしいことをしてないじゃないですかという有様であった。これはなんなんだろうとわたしは疑問に思うばかりであるが、もう彼のことは気にしないで私の仕事への誠意を日本から来られた人たちが分かってくれればそれでもう彼のことは気にしないと考えた。


 Rのドイツ語も英語も蛸踊りのような印象をあたえるもので、手や腕を大振りにふり、最後になぜか、「ねっ」「なっ」と同意を求めるような語尾がつく。聞いていてもちろん見苦しいが日本から来られたスタッフの方々は、そういうものとドイツ語などを思っていてなにもコメントはされない。知っているわたしやAさんのようなもたちだけが酷さに気づいていると言えるだけであった。ただし、なにも彼の妨害になるようなことは言いはしない。
 しかし逆の場合にはつまらないことでも、たとえば壁の写真でもすぐに、それは違うとRは皆の前で否定してみせる。
 自己中心主義者で、帰るときにもスタッフの人たちには挨拶して早めに去るが、決して同僚の私たちには顔を向けることも挨拶することもない。こういう者がいるのだとこちらは驚くばかりである。調子好いというか・・・・


 F市のほうからこの仕事に関してレポートが求められるかもしれなかった。そんなときにはどうしたらいいのかと私は思った。ありのままのことなんか書けない。Rについての批判ばかりになってしまうであろう。そんなことを書くと私の人間性も疑われると思える。読む人にとっては深い極まりないことに違いないと思えた。もちろん、日記は違う、今は公開しているけれども、あくまでも私は自分のために書いている。本音を書いてしまっている。しかし、実際にはこういうことは現実に動く人たちには伝えてはいけないと思う。自分のためにもするべきではないと思う。
じゃ、Rはどうするだろうとちょっと不安に思った。かれはいつか
 「僕はなにかあったら全部書くんです」
 と言って、やはり私を呆然とさせたことがあった。自分が悪くても主観的に自分の都合の良いような事実を枉げて書き送るのかもしれないと思った。
 それで、考えた末、スターリンとヒットラーが取り決めた『不可侵条約』という言葉を使って、漁夫の利を他の悪意のある同業者にとられないように延長を求めたいと歴史的な言い方を使ってメールを送った。


 Rはどうしょうもない利己的な男であるが、そのほかにもそういう職業上のライバルは存在するので、できるだけ摩擦をさけアフタケアーににたような配慮を私としてもしなければならない。