蝦夷リス

近道への遠回り・数十年前作家になることを考え、特殊な語れる体験がなければと思い日本を後にしました。文壇のなかでのコネなどなかったからです。二十代までは必ずこの癒着がものをいうと信じてきてました。

D市街のイスラエル、ユダヤ人たち

また、アル夢の中では、わたしはD街にいた。
病院の寛ぐための部屋にいて、イスラエルから研修生として着ている平均よりちょっと上かなと思える女性、年齢は21歳ということでちょっと驚かされたが、それというのも身なりを構わず、お化粧もしてない感じで、色も浅黒くなるままに放っているという女性だったから。ちょっとだけ目の上の瞼がオレンジ色に塗られているかなと言う程度だった。
 彼女とドイツ語でお喋りをしていて、うまがあうと思ったものだが、こちらは患者、彼女は看護婦研修生で、40歳以上も若い。
 しかも彼女には昵懇の恋人がいるということだった。実際にその男をみると色は白いがそのほかはアフリカ人であった。色の白いアフリカ人という男だった。彼は結婚していて三人の子供がいて、自分の妻とこのイスラエル女性のために別れる気持ちは一切ないということだった。そんな自分に飽きたら、彼がまた若い女性を探せばいいという態度であった。それをしっていても彼女は肉体関係の伴う交流をやめる積もりがないというのである。それも私を驚かせた。
 こんな男にとってうまい相手は他にいないという感じで、それを彼女に不思議に考えていってみると、彼女は目を尖らせてプリッと怒ったようだった。その表情が悪くなかった。


 その二人をD市のユダヤ教会の地下から一緒に出てくるところを私は見た。彼女が彼の腕にしがみついているような歩き方で地下室から上がってきた。私には気がつかなかったようだった。
 それから、再びわたしは体の不自由なものに戻っていて、こんどはユダヤ人のダビッドという同性愛の若く新潮から体から平均そのもので、黒縁の眼鏡をかけている若者がいろいろわたしに気を使ってくれて、しかも彼の住居でささやかなパーティーが開かれ、そのドアのあいた隣の部屋にわたしは寝ている。そこにさきほどのカップルがちょこっと顔をだした。
 長く、細かいところまで覚えている夢で、わたしには夢に思えなかった夢だった。三週間後にコマから目覚めて、あれはsべて夢だったのかと驚かされたぐらいだった。