蝦夷リス

近道への遠回り・数十年前作家になることを考え、特殊な語れる体験がなければと思い日本を後にしました。文壇のなかでのコネなどなかったからです。二十代までは必ずこの癒着がものをいうと信じてきてました。

わたしには重労働になってしまった。もう若くも健常者でもない・・・・・・


 15日もそうでしたが、16日の朝も、約1時間前にはホテルに来てしまっていました
。絶対に遅刻はしたくないし、心配性な性格でもあるので、二日連続、この昂奮で
精神的に神経が高ぶってしまっているのか、起床は午前二時で、翌朝は1時半でした


 ホテルでは朝方運ばれるスーツケースの重量を測る労働もFreiwilligに行ってお
ります。すぐには正確に数値がでてこないので、ひとつあたり三回ももちあげたり
して、やはり腰と背中に負担を感じました。ということで1時間前から仕事をして
いるのですが、これはあくまでも自分から進んでやったことですので、残業ではあ
りませんので。
 昨日も翌日の空港までのトランスフェアーにもトルコ人の良い運転手がきてくれ
て感激でした。ただ、今朝はバスの構造が悪く、スーツケースを取り出すのがまた
大変な肉体労働でした。わたしと独りの若い先生で降ろし、ドライバーは中二階の
穴倉に入って荷物を押し出すという作業でした。
 そして200m、バス駐車場から空港の二階のAbflugまで持ち運んでいくのですが、
わたしも女教師の重いのを運んであげて、これはやはり大変だと思いました。
 ほかに、女の先生がタックスフリーがあったので、そのためにまたわたしがその
荷物を運ぶことになりましたが、トランスファー、空港オンリーの仕事を嫌いにな
らないためには、他の男性ガイドIが私を嗤って言ったように、ポーターを節約して
いるのはお客だから、お客自身がやるべきという態度にならないと、これはわたし
もこの仕事をやっていけなくなる、嫌いになるかなと思いました。
 エコノミーはマシーンでチェックインしなさいと空港の係員に言われてやってみ
たのですが、ほとんどマシーンが稼動してなくて、結局人のいるカウンターででき
ましたが、ここでも黒いベルトコンベアーに揚げる仕事が待ち構えていて、また、
肉体労働でした。こんなことも他の男性ガイドのKやIはしないということは聞いてしってましたが、お客が女性だとやはり自分に鞭打ってやって頑張ってしまいますね。たとえVipでなくても。
 やはり私の心臓は弱っていると感じました。あの女教師のスーツケースを一個はこぶだけでも結構辛かった。普通の散歩でも、手ぶらであるいているのに40mごとに休憩をしなければならない体なのだから当然の結果ではあるのだが。
 でも、三回もステントを冠状動脈に留置する手術、そして心臓ペースメーカーの手術もしていることは誰にも業界の連中には言えない。
 すこしぐらいの運動はするべきだと思っているが、自分のスピードで動けないのが辛い。回りの健常者に追い抜かれたりしてはいけないから。でも、それが原因でいきなり仕事中に心筋梗塞とかが発生したらどうしようとも思うが。そのときには殉職するしかないのだと思う。心残りは執筆中の作品、書きたいというテーマがそのままで、終わってしまうことだ。