蝦夷リス

近道への遠回り・数十年前作家になることを考え、特殊な語れる体験がなければと思い日本を後にしました。文壇のなかでのコネなどなかったからです。二十代までは必ずこの癒着がものをいうと信じてきてました。

午前中に歯医者に行く日 Vol.3

歯医者ということで年齢は40ぐらいかなと私は思った。その割には若いかもしれないと思った。なにも訊ねなければなにも応えは戻ってこない。それで南米風のアシスタントの女性に
「若く見えますよね」
 と良いながら女医の居た辺りをくるくる指を回して指して言ってみた。すると彼女はすぐに囁き声ではあったが30歳なんですよとばらしてくれた。30だとしたら逆に老けていると思いわたしは驚かされた。結婚していて子供もいるということだった。



 今日は雨の降る可能性があった。そのために折りたたみ式の黒い傘を私は所持していた。傘の柄には私と妻の写真のキーホルダーが店のものとは違うことをすぐに証明するためにつけてある。それに気がついた女医は、まずわたしの許可をとり、それから写真を見つめて、「これはあなた?」と訊ねてくれた。わたしは頷き○○年前と応えた。「綺麗なカップル」と褒めてくれた。が、有難うと応えるべきだったが、妻は十年前に亡くなってしまったとわたしは答え得たただけだった。
 
 スーパーのエデカで偶然見つけた韓国製のお握りを帰宅して四つすぐに平らげてしまった。最初に食べたときには美味しいじゃないかと思ったものだったが、その後何度買って食べてもどうもぐちゃぐちゃしているし、美味しいとは思わなくなった。炭水化物の塊だから、そしてわたしは自制できない者だから、それでいいと思った。もう値下げしていても買って食べない。あればあれだけ食べてしまうから。この言葉は厳しい母がよくわたしを罵って言った言葉だった。