蝦夷リス

近道への遠回り・数十年前作家になることを考え、特殊な語れる体験がなければと思い日本を後にしました。文壇のなかでのコネなどなかったからです。二十代までは必ずこの癒着がものをいうと信じてきてました。

2024-01-13 土曜日

2024-01-13 土曜日


 寝たのがやはり今朝6時頃の子Þおだったので、起床は11時半ごろだった。
 気温は五度。
 13時頃にNPに行った。十本以上のビール瓶を換金したが、1ユーロちょっとにしかならなかった。あんなに安いと路上とか公園に捨てられてもしょうがないのかもしれないと思った。安すぎる。人質量が。
 土曜日の正午過ぎはやはりもう遅かった。値段が下がりそうな肉のコーナーをチェックしたが、もうひとつも割引料金になっていたものはなかった。金曜日の午後か土曜日の午前中には行かなければなくなってしまうことをつくづく知った。そろそろ牛肉を食べても良いと思っていたから。でも、食べなくてもいいとも思った。
 帰宅して時計を見ると驚いた。当然のことなのだが、もう14時頃になっていた。なにかあったはずだと思いカレンダーをみると、ジョニーデップとケイト・ウィンスレット共演のペーター・パーンの話が三点で放映される予定だった。ちゃんとネットができるようにソニーが稼働するのに30分はかかった。短い方だ。
 今朝というか、深夜の3時頃だったか、まだ眠る積りはなかったので歯も磨いてなかった。深夜には磨くべきだと反省した。
18:11 2024-01-13
                        npとの往復の道中で、久しぶりに石田衣良とか、作家の卵を書いていた女性の話を聞いていた。もう、もっとも、その通りとしか言い様がなかった。
18:17 2024-01-13                                      一つの魂と心と訳せるアルフレッド・テッツラフの喜劇を視聴した後で、ZDFインフォで聖杯、エルドラード、アレクサンダー大王の墓のゆくえなどなどを視聴録画していた。みんなたしかに興味深いドキュメンタリーだ。だが、これがいけない。すべて興味深い素晴らしいドキュを視聴していたら、わたしの創作の時間は消失してしまうのだ。それがまだわたしは守れてない。
 今朝起きた時に、ニュースもなにも見ずに、まず創作と念じていたはずだった。が、すぐに脆くも崩れてしまっていた。NPのせいにとか、散歩をしなくちゃという言い訳を自分にしてしまっていた。帰宅するとやはりYTを視聴してしまっていた。しかも、なにを視聴したのかいつもの通り記憶にない。


 午後二時半と五時にポテトサラダを平らげ、ゾーヤ大豆のチリコンカーンを食べ、ソーセージ一本を生で食べた。
 そして昨日に続き9錠の薬も飲まずにビールを飲んでいる。
22:12 2024-01-13      


 『日本レ』だが、ちょっと二三日休憩という気持ちで、ソシアルアムトとかjへのメールとか書いたり、そのためのリサーチを地下鉄駅ルードーまで行ってやっていた。そして今更新日を見て驚いた。1月四日以来9日間もわたしは執筆してなかったのだ。これには少し驚かされた。こんなバカなことでは絶対にいけない。そう思った。
22:40 2024-01-13


 『2XXの放浪記』は悪くないと思う。だが、文学賞は中長編ばかりだ。この作品は短編という感じだから手を付けても今はしょうがないということかと思う。やはり『日本レ』の執筆に賭けたい。
22:51 2024-01-13