蝦夷リス

近道への遠回り・数十年前作家になることを考え、特殊な語れる体験がなければと思い日本を後にしました。文壇のなかでのコネなどなかったからです。二十代までは必ずこの癒着がものをいうと信じてきてました。

銀行に行き、そして……。イースター日曜日2018年4月1日

銀行も自販機の部屋にはいつでも外部から入れ、ほぼいつもそこの入り口には浮浪者になってしまった人が立っていて、ドアを開け閉めしてくれます。わたしはいつもトイレ代に相当する50セントを彼らがもっている紙コップに入れてあげます。わたしがこういう立場になったらもちろん貰えないことはわかってはいても、そして浮浪者の間で縄張り争いがあり、こういう仕事環境で物貰いをすることができないことがわかっていても、ゴミ箱から拾ってきたような、もとは喫茶店のコーヒーが入っていたコップのなかに入れてあげています。こんな日曜日もそうでした。



この日記は書いていて、掌編として纏められそうだと途中で思えることがしばしばあります。作家さんたちがこの日記をみることがあると思いますし、こちらがその経験を書いたものがわたしが書く前に太宰のような作家によって他者の作品として文学作品として昇華される恐れがありますので、やはりここで75%ほど消去してしまいました。


もちろん、おまえの経験などだれが資料にするんだと罵倒される可能性がありますが、そして誰もが掛け替えのない自分自身の体験をもっていて、そちらの文学的な昇華に時が費やされていて、こんな思いは被害妄想にしか過ぎないとは思いますが。しょうがないです。太宰の創作法を知ってしまった今はそんなふうにどうしても考えてしまう。