蝦夷リス

近道への遠回り・数十年前作家になることを考え、特殊な語れる体験がなければと思い日本を後にしました。文壇のなかでのコネなどなかったからです。二十代までは必ずこの癒着がものをいうと信じてきてました。

漫画を描く少年 27 卒業

 
 卒業


 三月下旬。あっけなくひとりの落第生も出さず全員が卒業となった。
 辛い思い出ばかりの校舎を後にして、抱きかかえた卒業アルバムを帰りの列車の中で大判の茶封筒からそっと出してみた。その封書のなかには他に学校のパンフレットや、学校の雑誌『優美』なども入っていた。でも茂樹がどうしてももう一度見たかったのは玲子の姿だった。これまで彼女の写真を見たこともなかった。
 彼女のクラスの三年A組の写真を彼は開き、その右半分に女性たちが並んでいたが、その最前列に玲子がいつもの彼女らしい表情でカメラに顔を向けていた。
 整ったしかし微笑みもない近づきがたい表情で他の女生徒の間に佇んでいた。


 その晩、思いあぐねた末に彼は手紙を玲子に書いた。アルバムの一番後ろに名簿が住所つきで記録してあったのだ。最後の、この完全に別れとなった今、どうしても彼女に知らせたいことがあった。
 もちろん、彼女を愛していることだった。ずっと美術室で見たときから彼女に恋焦がれていた。そのほかの言い方がないほどいつも彼女のことを気にしていて忘れたことがなかった。
 この気持ちを、下手な文字で、情けない言葉で、五行も書いて封筒に入れてその日の内に投函した。迷ったが、自分の名前も住所もとうとう書けなかった。それでも奇跡が発生して自分が送ったことを彼女には理解できて、しかも返事が来ることを期待する気持であった。
 もちろん返事はいつまでたっても来なかった……