蝦夷リス

近道への遠回り・数十年前作家になることを考え、特殊な語れる体験がなければと思い日本を後にしました。文壇のなかでのコネなどなかったからです。二十代までは必ずこの癒着がものをいうと信じてきてました。

冷凍しゃけを融かして刺身のつもり。魚ミミズに不安

一切れほぼ2,5ユーロの鮭を、焼かずに解かして、醤油とこちら製の山葵を使って、食べた。

冷凍の鮭はおそらく生で食べてよいシロモノではないと思う。だが、これだけの料金でもあり、そして暫く寿司はもちろん刺身も食べてはいないので、しゃけを解凍して、あとは醤油のシャワーを浴びせて山葵をつけて食べた。


食べる前にオレンジ色の鮭に何かが動く様子がないかどうか、じっくり見詰めた。なにかが、つまり魚のミミズと謂われるものがいたら、動きにつれて光を反射して見つかるはずだった。

その魚のミミズ(フィッシュヴォーム)はとても小さくて、咀嚼しても普通は口腔を通って胃腸に進入してしまう。すると、あとでは、リンパ腺に入り人間の体を食い荒らしにかかるという恐ろしい魚ミミズなのである。


それが分かっていても、刺身を食べた気分になりたいと思って、上記のやりかたで咀嚼し嚥下し、あとは蠕動するのに任せた。

それから不安にもなったが、その前に二つがワンパックになり2,5ユーロで冷凍で販売している水戸納豆を溶かしたものに、海苔、生卵、長葱、醤油とからしをたっぷり使って御飯を食べた。水を入れ過ぎたので水っぽい米の飯を平底のどんぶりに入れて食べた。


一応満足したところで、再び太さが0,2mmもない、長さも3,4mm程度の魚ミミズを思い出し、冷めた紅茶の冷やしておいたものをがぼがぼ飲んだ。紅茶が胃の腑を消毒してくれることを期待したからであった。


結果は分からない。


こんな心配をするのも、一度水曜日市場が公園の近くで立ったときに、買った生の魚に切れ綺羅光る部分があったので、それに引き寄せられるようにして眺めていると非常に微細なミミズであったことを発見したからであった。


もちろん、金を払って買ったものなので、捨てることは出来ずフライパンで十二分に焼いて御飯で食べた。


 日本に住んでいたら、おそらく想像も自分自身できないような行為であった。