🐿️まさかの接触 R.レッドフォード

やはり十年近くも前のことだ。レーツェルシュタットのフィルハーモニーコンサートホールに仕事でやってきていた。わたし🐿️の他に日本人関係者が一緒にいた。まわりへの気配りがわたしのほうが仕事上鋭かったようで、わたしたちの近くにロバート・レッドフォードがおもむろにあらわれ、壇上に入るとブドウ畑状に積み上げられた客席を、なにかを思い浮かべてでもいるのか眺めているのにすぐに気がついた。
「こっ、これは……」
と思い、近くにいた同じ町に住むTeに彼がすぐ近くに立っていることを言わずにはいられなかった。Teは最初信じなかった。わたしが冗談でもいっているものと思ったのかもしれなかった。ちょっと声だけ掛けてみると言いながらレッドフォードのほうに姿勢を変えると、Teは慌てて
「ちょ、ちょっと」
と止めようとした。でもこれはありえない現実だと感じたわたしは、意を決して拙い英語で話しかけることを即座に実行に移していた。
「Hello, I think ,you are Mr.Robert Redford 」
声を背後からかけられてゆっくりと顔を彼はわたしにむけていた。落ち着いていた。つい前日ドイツのTVに彼は出演していたばかりなので、わたしはひと目見てレッドフォードだということに疑いを抱かなかった。あれほどの美男であったのが、今は劣化して皺だらけの顔の老人になっていた。でも、アメリカハリウッドの大スターだったし、今は映画監督などもおこなっていて現役だ。わたしなどに構っている時間はなかったろう。こちらも英語などは喋ることはないので、すぐに消えるつもりでいた。彼はじっとわたしを見詰めながら
「yes....」
と応え、自分がレッドフォードであることを隠さなかった。ファンが煩わしくて、違うと否定されてもわたしはおかしくないとさえ感じていたのだったが。
「I m glad to see you」
と中学生いみたいな英語を使って、グッバイとか言って逃げるように彼のもとをすぐに立ち去ろうとした。するとつい数分前にはわたしの言う事を全く信じなかったTeが同じように下手な英語だが、れっどふぉーどの前に立ちふさがるようにあらわれ話しかけているのだった。図々しいやつだと思いながら、楽屋裏に屯してざわざわお喋りしている⑮人ばかりの日本人の、殆ど婦人たちの集団に、わたしは自分の喜び、この大スターがすぐ近くにいることを注目をあつめて発表せずにはいられなかった。
「皆さん、ちょっと聞いて下さい。いま、すぐそこに誰がいるか知ってますか?」
老若を問わず婦人たちの視線が一応わたしに集まった。こいつ何を話そうとしているのかという不信感を持った顔ばかりがわたしに向けられる。わたしは壁一枚向こうの演壇を手を上げて指しながら
「ロバート・レッドフォードがそこに、すぐそこに来ているにんですよ」
驚いたことにこの大スターの名前をわたしの口から聴いても、彼女たちはまだ理解していないようだった。ただ沈黙があっただけだった。20代や30代の女性もいたが、50代、60代の婦人たちもいた。彼女たちがレッドフォードを知らないはずはない。しらなければおかしいだろう。わたしは彼女たちの沈黙に苛立ちを感じ
「ロバート・レッドフォードですよ。アラン・ドロンのライバルですよ!」
と声をちょっと荒げてしまっていた。それは今すぐにでも、この瞬間に壇上から舞台裏のわたしたちの前を通り抜けてさっと出ていってしまう恐れを感じていたからだった。二度とこんなチャンスは彼女たちにも訪れないはず。そう思うと煽らずにはいられなかった。
「いま、すぐにかれはでてきますよ。せめて写真だけでも」
これだけ言ってもよくわけがわからない表情でお互いを見交わしたりわたしに一瞥をなげたりしているだけだった。でも、なんでもないこと、散歩でもするような歩調でかつての大スターだった老人が普段着であらわれるころには婦人たちはぞろぞろと彼を取り巻き始めていた。磁石に吸い寄せられる鉄くずのように音も感激の声もなく近寄っていった。その数秒間の寡黙な動きにわたしは
「とにかく写真を」
とるべきことを、一緒にだが、もちろん言う頃になると、やっと婦人たちも今の状況が理解できたらしく、ウワーウワー騒ぎ出し、レッドフォードの腕を掴んだり肥満した体を彼に近づけたりし始めるのだった。そんなことをしても、あとには証拠もなにも残らないと思うわたしは
「写真、写真!」
と声をかける。それで若い女性やわたしが出されたカメラを渡され撮影係りとなったりする。なんで、こんなことを自分がしているのか疑問にも感じたが、あとで婦人たちもこのハリウッドの大スターとの出会いを理解するだろう、そのためだったらカメラマンになってあげても良いと思い、幾つもカメラを変え、被写体もずらして撮影した。
日本のおばさんたちに囲まれて身動きの取れないレッドフォードはさすがに数分後には掴まれていた腕を上げ、楽屋裏の奥の出口にいつのまにか佇んで笑っていた、ヴィム・ベンダー監督たちのドイツ人スタッフのもとに逃げ出していた。でも、不快そうな顔は一切見せず、たいしたものと思った。ヴェンタース監督の笑みも、側にいるスタッフに語っている言葉も読唇術を理解しなくてもわたしには読めた。彼は
「レッドフォードさんの人気は凄いね。まったく衰えることがない」
と言っているようであった。
ロバートさん、厚かましくてごめんね。🐿️
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