蝦夷リス

近道への遠回り・数十年前作家になることを考え、特殊な語れる体験がなければと思い日本を後にしました。文壇のなかでのコネなどなかったからです。二十代までは必ずこの癒着がものをいうと信じてきてました。

04.02.2025 火曜日

蝦夷リスー岩本れい子大ファン
04.02.2025 火曜日

昨晩はビールも赤ワインも飲まなかった。でも、今朝目が覚めた時にはまだベットから離れることができなかった。6時ごろに目が覚め、次には8時15分ぐらいに目が覚めた。まだ毛布布団からでられなかった。だが、咽喉が乾き、厨房の窓外に貼ってある温度計を見てなんとなく納得した。零度だった。部屋のなかにまで、暖房を止めてあるせいもあろう、布団の中の温盛から逃れられなかったのはこの寒さにあった。そうとしか思われなかった。
 でも、零度ということで、一月には幾度かそんな外気温も温度計にみたが、いま、二月に入って8度とか9度にまで気温が高くなっているのを目撃している。これでは、今年は冷凍庫の氷を解かせないと思っていたところだった。それで、寒いけれども跳ね起きてバルコニーに三つの器というのか、を運びだし、冷凍庫のコンセントを抜いた。数年前はこんなことができず、知らずで、たくさんの小型の蠟燭を付けて中にいれたりして氷を解かすような馬鹿なことをやっていた。妻がどんなふうにやっていたのか全く関知してなかったのだ。仕事だけやっていればいい、家事とか財産は妻に任せればよいと思っていた。その妻も亡くなったあとではスベンが全部金庫から盗み出すということをやってしまうわけだが、それも働くだけ働いて、金は一所懸命働けば溜まるし、妻とわたしの老後もなんとかなるはずという単純な考えになって収まっていた。だが、ここに、遊び暮らしながら人の金を盗んで生活していこうというスベンのような狡猾な存在がいることをわたしは全く考えもしていなくて、すべてを妻を失うと同時に失っていた。
 おまけに二度、おそらく心肺停止で、死亡していた。ただし、運が良くて、クリニックで意識を失いあの世に行こうとしていたので、蘇生させてもらい、二度生き返って現在に至っている。あの時の女医のランカスター、この名前も正確ではないが、まだ感謝を口で言っただけでまともにしてない。花束ぐらい持っていくべきだと思っているのに、実行できてない。……お前みたいなやつがいるから! と自分自身をせめてはいるのだが、いざという時には、いつでもできるような気がするし、果たして彼女がまだクリニックにいるのかどうかもわからないし、だいたい名前が掴めてないのだからとつぎつぎに障害が眼前に現れたりする。花束を買うぐらいの金は工面できるはずなのに、円安で観光客がほとんどと言っていいほど来てくれないということもあるし、I村のように巧みにソシアルアムトを使えてないということもある。だいたい引っ越し手続きがしてない怠惰さなのだから。
10:56 04.02.2025

 厨房の気温は15度。西部屋は暖房を入れたので今は19度。二度も右側、実際問題はないので眼球注射の手術を受けなかった、さぼったのだが、それが心理的にわたしを不安にちょっと陥れていて、視力が弱くなったような気がしてきている。左目には波が寄っていてもたにーの文字ももう読めない状態なのだが、遠方をみるのにはまだ大丈夫。だが、右目は視力が残らなければならない。いまのところは大丈夫なので、あの原始的な眼球に針を突き刺して166ユーロはするけれども液体を注入するというのはやはり避けたい。だいたいわたしにこの恐怖と痛みを耐えうるだけの価値、寿命がのこっているのかどうかとても疑問におもっているほどだから。あんな恐怖のあとでまたいきなり心肺停止で、死んでしまうようなことになるならば、意味がないことになる。最初から悲観的だが。
11:06 04.02.2025

ガス機器の検査士が正午半には来てくれた。やってくる時間が正午から午後四時という、相変わらずの住民泣かせの幅の広い時間帯であったので、こんなに早く来てくれるとは想像もしてなかった。土曜日に買ったキムチを肴にご飯を温めて食べていた。彼には4ユーロチップをあげた。以前だったら煙草銭にと言えただろうが、今はもっと高くなっていると思われるし、「来てくれてありがとう」いや、言葉通りには「これは来てくれたから」と言って二枚渡した。彼は背丈のあるでももう50台後半にはなっていると思われる眼鏡をかけた痩せぎすの男だった。プーチンのこと、習近平が台湾を襲うつもりでいること、第三次世界大戦後には地球はもう存在しないことなどを焼く20分間ぐらいの作業中にわたしと話をしていた。厨房に一人で作業をさせても良かったのかもしれないが、そばにいて会話をしてしまった。別にわたしが寂しがっているわけではない。また彼がなにかを盗むのではと猜疑心をもっているわけでもない。他人を自分の住居に一人勝手に行動させるということに落ち着かないものを感じるから。そんなことからだ。
キムチとライスの後で服薬した。これからまた強制収容所のためのメモ帳つくりをしたい。
13:03 04.02.2025

 およそ十時間、中川牧師のイスラエルの旅を視聴し録画してしまっていた。あっというまに時は過ぎていった。間にはNさんがトルコからメールをくれていたので、返信した。彼女の行動力には本当に驚きだ。
 そろそろまたベットインの時間が来た。夜には寝る習慣をつけなければならない。
23:16 04.02.2025

自分の掛替えの無い青春、初恋、愛妻物語など回顧的な傾向