蝦夷リス

近道への遠回り・数十年前作家になることを考え、特殊な語れる体験がなければと思い日本を後にしました。文壇のなかでのコネなどなかったからです。二十代までは必ずこの癒着がものをいうと信じてきてました。

愛は煌めいて 2 雄猫のサッシャとカスパーヒェン(実話)

蝦夷リスー岩本れい子大ファン

 雄猫のサッシャとカスパーヒェン


 この時まで、わたしと妻、そしてベンの住居であったこのベルリンのシャーロッテンブルク区の住居には雄猫が二匹飼われていた。一匹は動物保護所で誰も欲しいと言う者がいなければ毒物を注射されて葬られてしまう運命にあった。グレーに黒い縞の入った凛々しい顔のトラ猫だった。名前をサッシャと言った。
 サッシャというのはロシアの男につける名前ではないかとわたしは疑問に思い、ドイツ風の名前に変えるべきではないかと思って、すぐにその提案を妻のダークマーにした。すると、妻は即座に、
 「でもそういう名前なのだから」
 と決められた運命に従うべきだとでも言うようにわたしの言うことを全く取り合わなかった。
 サッシャはどこかいつも怒ったような表情、どちらかというと高慢な顔つきだった。猫の特徴で、目は大きく、鼻はとても小さかった。それが美男にも感じられた。
 猫が好きそうな遊び、たとえば紐をサッシャの顔の前に垂らして引いてはまた紐で顔を撫でたりやってゐたりすると、煩いとサッシャは感じるのか、みるみる本気で怒りだしてわたしの指を素早く引っ掻いたりしたものだった。肉体的には小さな体で圧倒的な弱者の立場にあるくせにその雄猫の姿勢はたいしたものだと、引っ掻き傷を作られるたびにわたしは感心したものだった。サッシャはわたしにとって赤ん坊のような感じで、胸の中に抱かれるのが好きで、わたしも両腕に抱いて部屋の中をいつまでも歩き回ったものだった。
 特別このクールで誇り高いサッシャを可愛いと思ったのは、布団でも座布団でも布きれでもなんでも、噛みついては両の前脚でそれを幾度も押し続けごろごろ喉をならしている姿をみてからだった。最初はなにをサッシャがやっているのか分からなくて不思議な気持ちでその様子を見ていたが、妻が、
 「母乳が欲しくて母の乳房を押し揉んでいるのに違いないわ」
 と分析してくれたので、それで初めてわたしも理解したのだったが、去勢されているので幼児に気持ちも戻ることがあるのかもしれないと思えた。
 そしてもう一匹の小猫は外にうろついていたカスパーヒェンだった。その名も近所の婦人が呼んでいたものをそのまま受けてわたしたちも呼ぶようになったのだった。小さく痩せて、目が黄色い黒の雄猫だった。
 テレビの番組でも猫についてのプログラムがあるとわたしたちは自然に視聴していたが、飼われることもなく、夜はどこか地下室あたりに入り込んで就寝し、昼間は餌をもとめて出歩く猫の寿命はせいぜい一、二年と知り、このカスパーヒェンが外で犬に追われたりしながら危なっかし気に、低木などの植え込みの間を歩き回っているので、わたしたちは捕獲し、自分たちの住居内で面倒をみることにしたのだった。
 だが、カスパーヒェンは幾年かの飼い主もいない生活で腎臓がやられていることを獣医が診断し、救いあげた二年後には殆ど動くこともなくなり死んでしまった。サッシャも数年間わたしたちと生活を共にしていたが、最後は視覚も弱くなり、四肢も水膨れで太くなってしまい、獣医に
 「このまま生かしておいては、猫が辛いだけだ」
 と言われ、注射で安楽死をサッシャにはしてもらうということになった。サッシャは自我がとても強く面白くないことには必ず抵抗する猛烈な態度をいつも見せていたのに、獣医がやってきて、注射をするときにはほとんど抵抗らしい態度は取らなかった。それだけ最後は弱り切っていたわけだった。
 そして数か月後に、白い子犬が我が家に登場したというわけだった。
 思えば、猫をベンが欲しがって保管所に行った時から、妻のダークマーは犬をペットとしては望んでいた。彼女は幼女の時に、親から引き離されスイスの農家に数年間預けられていた。その時に、ストロッピーという名の白と黒色の小犬をいつも可愛がっていたようだった。だからペットというと最初から犬しか妻の頭にはなかったのだった。
 体が弱く、犬と散歩することが彼女には必要だと言うことはわたしも知っていた。だが、そのまま誰も取りに来なかったら殺される運命にある雑種犬しかわたしの頭にはなかった。まさか四千ドイツマルクという大金がかかっていたとは思ってもみなかった。
 だが、犬は猫と違って、躾がとても重要で、幼いころから飼い主と接しなければならないと言う妻の論理にはわたしも反対する気持ちはなかったし、もうわたしたちの住居にこの白い子犬は入ってきていた。それを返すことは考えられないことであった。その辛さはわたし自身がこのドイツに外国人として生きていてよく知っていることだった。
 


 後にこの白い子犬が著しく体調を崩し、初老の獣医が、貰ってきた時期があまりにも幼過ぎたのではないのかと妻のダークマーに言うので、数週間だけでも白い子犬を産んでくれた母犬のもとに引き取ってもらおうと連絡をしたのであったが、断られてしまった。子犬の親はもちろん他の子犬たちもまだいるはずだし、彼らのもとに帰ったら元気も回復し体調も改善するのではと考えたのだが、養犬者はどんな病気に感染しているかもわからない子犬、一度よそ様に売りつけた犬を再び引き取るわけにはいかないと言うけんもほろろな態度だった。完全なビジネスライクであった。
  
 ダークマーと同じように犬を飼う近所の隣人もわたしたちの小犬の様子を見て、すぐに
 「もう駄目だね。死んだも同然だわ……」
 とダークマーの心理も考慮することなく言ってのけたものだった。
 妻はでも諦めなかった。病気の子供を介護でもするように子犬の体に何枚ものシーツを掛け、獣医から買った薬を磨り潰して餌に混ぜて食べさせたり、いろいろと気を使い看護していた。
 そして数週間もすると子犬の元気が戻ってきたようだった。