蝦夷リス

近道への遠回り・数十年前作家になることを考え、特殊な語れる体験がなければと思い日本を後にしました。文壇のなかでのコネなどなかったからです。二十代までは必ずこの癒着がものをいうと信じてきてました。

2024-12-04 水曜日 アラブの侍医、薬局

蝦夷リスー岩本れい子大ファン

2024-12-04 水曜日 アラブの侍医、薬局


 比較的早く起きた。体重は86,7kgというショッキングなものだった。足腰にある程度筋肉は戻ってきたが、腹回りの死亡がたぶんだぶっているのに違いなかった。
 もうご果敢ほど薬を飲んでない。これは危険なことだった。
 明日そして明後日と仕事がFDで二本入っている。ということでもし侍医に行くとしたら今日しかないということが判明した。
 時間はおもう正午に迫っていたが372に乗ってルードーまで行こうと思った。だが、やはりぐすぐズしてしまっていて、バス停に来た時にはすでに4分は遅れてしまっていただろう、やむなくNPの方に行き、そこで162に乗ってルードーに行った。
 予約の電話も入れる必要なく簡単に入っていけるそれがこのアラブ人の老人医者の良いところだった。
 三島のLiebesdurstを持って行ったことが良かった。待つのが辛くはなかった。委員は満杯で、開いている座席はひとつしかなかった。合計十人は座って待っていた。ドイツ人たちもトルコ風のホッカムリヲ付けた太った中年女性たちの間に座って待っていた。
 薬のリストを見て受付のイスラム教徒の中年の女性はこれ全部とわたしに訊ね悲鳴をさえあげていた。
 侍医は処方箋を打ち込んで印字したあとで、わたしの左腕を露わにさせ、ぐりっぺのインプウングを討った。また後ろ側に回ってわたしの体をキツク抱きしめた。痛かった。それが一体なんの診療になるのかは知らない。


 もちろん、その前に右腕を黒い帯で機械仕掛けで締め上げなにかを測量した。
 そのまま処方箋が書き終わると、裏側にあるクロスター薬局にわたしは急いだ。そして、値段が高くならないように談判した。トルコかアラブの若い女性はわたしの薬のことをしっているが、全開のドイツ人の男のように高い薬をだされては保険会社から払って貰えるかどうかわからないので、細かいとは思っても、値段のこととか、アラブ人らしい若い女性ならわたしの薬のことについては知っていると中年の仕事の出来そうな贅肉のない、ブリュネットで黒縁の眼鏡を掛けた女性に話してみた。カードもだした。だが、カードには2023年にわたしがきたことが記録されていても、その後に最低二度はこの薬局にきているのだが、その記録がないという。それも考えてみればそのはずだった。わたしは毎回クロスター薬局に彼らのグレーのカードを提出して薬を買っているわけではなかったからだった。また、提出ももとめられてはこなかった。
 そのなかには、二枚もドクターのサインのないものがあり、もう午後一時を過ぎていたが、ブザーを鳴らして、サインして貰った。でないと薬は出して貰えないから。
 それから、グロピウスパッサージュに行き、KFCのブッケーを注文して食べた。本当は水曜日ということもあり、一心に行きたかったが、寿司飯が糖尿病のわたしにはよいものではないので、抑えなければならないと思ったからだった。
 もちろん、飯を冷凍庫に入れて生魚だけを中心に味わうということもできることだったが。


 帰宅後にHアンドMの請求書を作りにかかったが、四時間以上も頑張ったが送れるところまではいかなかった。
 いやになってしまう。テキスト形式で許してもら無い物か……
22:15 2024-12-04

自分の掛替えの無い青春、初恋、愛妻物語など回顧的な傾向