蝦夷リス

近道への遠回り・数十年前作家になることを考え、特殊な語れる体験がなければと思い日本を後にしました。文壇のなかでのコネなどなかったからです。二十代までは必ずこの癒着がものをいうと信じてきてました。

🐿️📚️20260709 第二章進まず…

蝦夷リスー岩本れい子大ファン

あの破滅型の西村賢太でさえも、酒は執筆中ではなく、執筆後だった。わたしも自粛しなければならない。


 五時半頃に起き出していた。そして第二章に取り掛かっていた。まず、以前途中まで執筆して放置していた文章の片鱗を通読してみた。当時のわたしと今のわたしはやはり感覚が変わってしまっていて、そっくり昔書いた文をそのまま今執筆中の文章のなかに挿入することはできない。どうしてもちぐはぐになってしまう。三島が創作態度について次のように語っていたことが思い出される。「原稿用紙一枚一枚の勝負」であり、あとで推敲みたいなことはしない、と。確かに誰かが言っていたように、推敲には切りが無いのです。

 井伏鱒二は自作品を推敲するたびに、その質を台無しにしてしまっていた、と文芸評論家の誰かが言っていたことも思い出される。豊崎由美さんの言葉だったか。

 とにかく今、この瞬間に良いと思える文をそのまま完成に導くべきだと思う。仕事だって、いつまでも残業をやらされると思ったら、気持ちがその時間に集中できないだろうし、一所懸命にもなれないだろう。ちがうだろうか?

 

 早朝から朝にかけて95行だけ初稿を書き殴ると、朝食を取らなければならないことに気がついた。冷凍庫から自分で作っておいたニンニク入りの餃子を取り出してフライパンで焼いて食べた。咀嚼している時に、江頭さんやますぶちさちよさんの餃子にはやっぱりビールだという声が聞こえるようだった。それで、酒に弱いくせにビールを半リットル飲んだ。

 そしてもう座っていられなくなってしまった。もうノートパソコンにも迎えなくなった。ベットに転げ込んで、執筆は中断ということになってしまった。

 根本的に執筆生活を考え直さなければならないと心底おもった。起床後がおそらく一番執筆できるのだし、朝食はほんの少量でいいものだと思った。もちろん、酒は飲んではいけないと思った。😿📚️

自分の掛替えの無い青春、初恋、愛妻物語など回顧的な傾向