蝦夷リス

近道への遠回り・数十年前作家になることを考え、特殊な語れる体験がなければと思い日本を後にしました。文壇のなかでのコネなどなかったからです。二十代までは必ずこの癒着がものをいうと信じてきてました。

いつのまにか私の責任になっている。他罰主義

その街に私が一緒に行くという予定はなにも連絡されてなかった。ところがYさんのもつ予定表では私がその街まで行くことになっていて、W市に行く朝まで一緒になっている。しかもホテルが二泊の連泊となっているとのことだった。それだけでも驚きなのに、その街に行ってK教会に行ってみると入場はコンサートの練習があるからできないと断られてしまった。では、明日はと聞いてみると、4日間、四月の1日までは入場できないと言うのであった。それ以上取り付く島もなく、他のドアからと思ってチェックしたが、やはり思いドアは閉まっていて、いま行って拒絶されたばかりの場所だけが訪問客のために受付していた。

やむなく近くのもうひとつの目的地に向かって移動した。
すると、いつからそんな予定が入っていたのか、また、ウエップには載せていたのか、そのことをわたしが教会の者に聞いたかどうか質問状が会社からきた。
それをしてどうなるのかとわたしは言いたかったが、解答をありのままに行った。が、それでも同じような訊問に近い質問がわたしに再度襲ってくるのであった。

背後には不穏な雰囲気を嗅ぎ取り、入れないとしるお客様が待機している。その圧力を前にしたら次の合理的なアクションをおこさなければならず、そんな事務所の人間がするべき質問などやっている余裕はないのである。三月の下旬はまだ寒かったし、第一交渉の余地は教会側にないのであるから、つぎの目標地にむけて、怒りが膨れ上がる前に手段をとらなければならない。


しかし、事務所が予約を入れるべきであるのに、せずに、ただその教会に入るようにと予定表に書くだけであとは電話予約もいれずに、ウエップもみずに放って置いたらしいのである。また、ウエップにも練習が数日間続くので入場不可能とか、そんなことは更新してなかった。電話で会社の担当者が確認していれば、入場予定が達成できなかったという事件にはならなかったはずだった。しかし、その担当者が私を攻めているのであった。
そして入れなかった責任をわたしに転嫁しているのであった。
こちらはやむなく謝罪の意を表明して会社に書き送ることになった。