🐿️📚️自己の世界を表現したくて。横山光輝から白土三平

左から、横山光輝(享年69歳)、マンガ少年時代のわたし(中1冬と中1春の入学当時)、白土三平(享年89歳)

高校生になり、唯一の友だちの池田君から教えられて知ったガロ。白土三平さんが主催者だとはあのころ全くしりませんでした。
わたしが小学二年生のときに、学校に持ってこられた漫画本のなかに、自分と同じ幼い年頃の侍の子が逃げ込んだ森の中の六角堂にじわじわと血糊のついた鎧兜を付け刀を振りかざしながら迫ってくる野武士の姿で、「続き」と書かれて終わった漫画がありました。作者は横山光輝さんでした。
あの情景は幼いわたしの心理に迫真するものがあり、筆一本であんな世界ができるということにわたしは魅せられて、創作ということに覚醒したものでした。
高校生頃まで横山光輝さん一辺倒、完全に心酔していましたが、あるとき、白土三平の描く大人の女性の妖艶な姿に惹かれ、読み始めますと、そこには、江戸時代の最底辺で飢餓状態と隣合せの生活を毎日過ごしている百姓同志が、川の水をめぐって鋤や鎌を振りかざしてボロをまとった痩せぎすの体でお互いに殺し合う情景を見て、呆然とさせられたことがありました。
この瞬間、高校生のわたしに初めて社会的な意識が頭を擡げた感じでした。ただし、文学作品などは図書館で借りられますが、漫画は店先で立ち読みするか買わなければ読めなかったこともあり、漫画家を志望していたのに、わたしは殆ど漫画を読んでなかったのです。高2のときに応募した手塚治虫賞に敗れ、それからわたしは精神的に崩壊したようなことにもなりましたが…すでに高2で人生に敗れたような気持ちになってしまってましたが、その弱くなった自分の中で再びわたしの精神を圧倒的に支配してしまったのが岩本れい子さんの姿でした。高2までは漫画家という最大の目標がありましたので、そのちらつく姿を頭のなかから遠ざけることができていたのに、手塚賞を取れなかったことでわたしの気合は隙だらけで失せぼろぼろになって行き、少しづつ文学作品に目を向けていったものでした。もちろん、れい子さんの姿は常にちらついてしまっていて抗いがたくどうしょうもなくて、それは今でも続いているのに自分でも呆れる思いですが、大事な思い出、片思いの思い出でした。あとで、実は相思相愛だったことをしり驚愕させられましたが。
もし、漫画が図書館で借りられるようなことが可能であったならば、わたしは、白土三平さんの政治や社会、経済を意識した方向に進みそれまでとは違う目標を持って新たに漫画家志望を望んでいったような気がしてます。フランスの青春文学とか三島には向かっていくことはなかったでしょう。🐿️
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