2018年4月のブログ記事
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ヒットラーの肖像が切手になっている。そして、いまだに売買される
ドイツではいまだに第三帝国時代の切手などが手に入れられます。これは驚きかと思います。私にとってもそれはかわりありません。もう戦後72年以上になるのに、まだ売買されているということに。
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あまりにも素晴らしい雲ひとつないお天気だったので、午後二時から家をでて、帰宅してみると五時十分前でした。 気分転換の積もりの散歩でしたが、草稿はすでに大方仕上げてある作品に手を染めるという気持ちには程遠い気持ちになってました。 本屋にも入て物色し、花屋の店先の美しさに打たれ『躓きの石』に暫し立ち止... 続きをみる
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消しゴムの色々。こちらで購入した日本製の消しゴムは2,5ユーロもした。鯛焼きの形にそれでも買ってしまった。 ドイツ製のそれはたくさん入っていて1ユ 鯛焼きの下の工具もたくさん入っていて、ドイツ製は70セントほどだった。もちろん、愚痴を言うならば買わなければ良いのであるが、本物そっくりのこの鯛焼きに... 続きをみる
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こちらは紫色のヒアシンス。水が足りないのか、注ぎ過ぎなのか。不明。
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●●2007年0330 この日というか、真夜中を過ぎているので実際には31日であるが、わたしはこの日にMskyさんが尋ねるというのに、赤い折りたたみ式のイスを自室から居間に持ち出し、自室にはバルコニーから比較的しっかりしたイスを据えて、環境かえをおこなった。 居間の赤いイスには最初にVista... 続きをみる
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●20061222 Eine Präventivbehandlung Naさんについて今回の仕事を一緒にしていろいろと違いが分かった。いや、他のおばさんGuとおなじようであること、ちがわないことが分かったというほうが正確だろうか。 5冊あるトラー、タルムート、ハラハ(Gesetz des Le... 続きをみる
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サルビアやいろいろな薬草の植木も売られる。 ベトナム人の経営する八百屋の軒先にはいつもながら蜜柑やグレープフルーツ、そして葡萄で彩りも本当に鮮やかです。
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レーツレルシュタットの早春の午後の市街 あちらこちらに留め置かれた自転車が目立ち始めました。 住居の地下には、自転車のための地下室がありますが、ある期日をもうけて、処理するという広告がハウスの入り口に貼られました。その日になにもしない私のような者は自転車を取られ消失することになります。・・・わたし... 続きをみる
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とことん怠惰な人間。それが私らしい。 身近にあると思える量の短編の文学賞を頭に浮かべると、急に安心感のようなものができてしまい、散歩やテレビのスイッチをいれるようなことをしてしまっている。長風呂も満喫するという、さきほどの希望に満ちた意気込みはどこに薄らいで消えてしまったのかと思う有様です。 二つ... 続きをみる
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郭公太さんの日記を見た。そして自分の書いているこの日記に再度疑問を持った。いったい私はなにをこの公開日記にしようとしているのかと。 単なる日記、死ぬ間際になってからすぐに姪あたりに、どこにわたしが日記を書いてきたのか、そういう遺言じみたメールを一通送り自分のことを知らせるためという気持ちになってい... 続きをみる
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その街に私が一緒に行くという予定はなにも連絡されてなかった。ところがYさんのもつ予定表では私がその街まで行くことになっていて、W市に行く朝まで一緒になっている。しかもホテルが二泊の連泊となっているとのことだった。それだけでも驚きなのに、その街に行ってK教会に行ってみると入場はコンサートの練習がある... 続きをみる
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室内気温は17,3度。外気温は14度。早春だ。花粉にも備えなければならない。 妻の夢をみた。彼女が家の近くで明るい満足した笑顔で弱い体を使って過ごしている。それを夢のなかのわたしは思い出して、逢いにいきたいとおもっいる夢だった。そして夢のなかで、わたしはそれはありえないことだと気がつくのでした。妻... 続きをみる
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以前にもこの日記に書いてますが、気持ちの散るような刺激は近くにおかず、排除。ネットでさえ本当は彼が行っているように切り捨ててしまうようでなければ創作などできないのだろうと思います。 思えばこういう日記はカフカが使用したような、作品のための助走としての意義はあるでしょうけれぼも、あまり書き込んでいる... 続きをみる
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昨日のイースター月曜日は半日良い天気だった。陽光も居間まで明るく降り注いでいて、ノートパソコンの画面が見ずらかったほどだった。 実りある日だった。25本のユーチューブをアップロードし、朗読もした。この朗読のほうにはもう私の声も、視聴に来る人もそれほどいないことが分かったので、つっかえてもそのままに... 続きをみる
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欧州でわたしが「きらきら光る」「ダウンタウンヒーローズ」を見得たのはわずか一度だけであった。 例外は「納棺」というタイトルだったと記憶するが、それは三回以上放映されていた。子供たちが寝たあとの深夜に放送されていた。 伊丹じゅうぞう監督の「お葬式」や「マルサの女」と「あげマン」というタイトルだ... 続きをみる
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テレビ番組週刊誌を見るとイースター月曜日の今日は午前中から1950年代、60年代の映画やアニメの映画が放映されているが、夜の八時以降のベストな時間帯をみると、そこに日本の映画が三本続けて目次に掲載されていた。浪人ケンシンとあった。一本目はおそらく代一番目に作成されたオリジナルでただRurouni ... 続きをみる
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銀行も自販機の部屋にはいつでも外部から入れ、ほぼいつもそこの入り口には浮浪者になってしまった人が立っていて、ドアを開け閉めしてくれます。わたしはいつもトイレ代に相当する50セントを彼らがもっている紙コップに入れてあげます。わたしがこういう立場になったらもちろん貰えないことはわかってはいても、そして... 続きをみる
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